民法改正(相続関係)のパブリックコメント

中間試案の問題点

~保護すべき配偶者が保護されず、保護すべきでない配偶者が保護される制度

 法務省民事局は、法制審議会民法(相続関係)部会による中間試案に対し、民法改正(相続関係)のパブリックコメントを求めておりました(平成28年9月30日締切)。

参照:法務省民事局パブリックコメント(ここから中間試案を見ることが出来ます)

 

 当研究会においても、この中間試案に対するパブリックコメントを提出しました。実際のパブリックコメントの記載は字数制限もあり、分かりにくいところもありますので、ここで、わかりやすく、ご説明いたします。

 

 端的にいいますと、中間試案は配偶者を保護する制度を各種検討されていますが、これらは保護すべき配偶者が保護されず、保護すべきでない配偶者が保護される制度になってしまっています。また、従前よりも紛争を誘発する制度となっております。そこで、こういった制度について反対の意見表明をさせていただきました。

 

 何が問題なのかについて、これから詳しく検討して参ります。

 

  なお、平成28年11月22日付第15回法制審議会民法(相続関係)部会で、各意見が集約された書面が資料として提出されています。その中で各人の意見がのっており、まとまっております(当相続研究会の意見については「相続研」として掲載されています)。併せ参考に願います。

参照:平成28年11月22日付第15回法制審議会民法(相続関係)部会

参照:「民法(相続関係)等の改正に関する中間試案」に対して寄せられた意見の概要

 

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相続研究会提出 民法改正(相続関係)パブリックコメント
相続研究会が実際に法務省に提出したパブリックコメントです。
民法改正(相続関係)パブリックコメント20160926.pdf
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配偶者の居住権を短期的に保護するための方策について

 配偶者の居住権を短期的に保護するという制度が案として提出されています。これは、たとえば、夫の家に居住していた妻が、夫死亡後、居住権がないことにより退去を命じられることによる生活の困窮を防ぐために、短期間の居住権を認めるというものです。

 

 この点について、配偶者に短期居住権を認めることに反対の意見を提出させていただきました。

 

 本制度は、保護されるべきではない配偶者に権利を与え、権利濫用理論等で保護されてきた配偶者の権利を失わせる不合理な制度と考えたからです。


 配偶者を保護すべきというのが、この配偶者の短期居住権という制度の趣旨とされています。しかしながら、被相続人の介護を担い尽力したような保護されるべき配偶者に対して、これを排除した遺言がなされたり、立ち退きをしなければならなかったりすることは、稀です。そのような事案に直面した弁護士はほとんどいないのではないでしょうか。

 

 遺言がない場合があるのでは?というご心配もあるかと思いますが、この場合は、配偶者に法定相続分が認められます。解除権の不可分性というものがありまして、解除権はほかの相続人が単独で行使することは出来ません。ですから法定相続分がある配偶者が居住権が否定されることはないのです。

 

 そもそも、介護を担い尽力した配偶者は、通常、他の相続人からの退去を求められることはありません。短期居住権が問題となるのは、配偶者が介護を行わず、介護を担っている子らと敵対し居住を続けているため、被相続人が配偶者を排除するような遺言がなされたというケースなのです。

 

 本制度は、この意味で、保護すべきではない配偶者を保護する制度になっているのです。


 短期居住権が問題となり、かつ、配偶者が保護されるべき例外的なケースとしては、被相続人が有責配偶者であり、配偶者と離婚が出来ず、内縁の妻が存在し、内縁の妻に相続させる遺言が作成されたような場合があげられます。この例外的に配偶者を居住権で保護すべき場合について、逆に、中間試案が示している「6か月の居住権」だけで充分であるのか極めて疑問です。弁護士としての実務感覚からすると、債務名義をとり強制執行を行い明け渡しが出来るまで6か月以上かかるからです。

 

 中間試案のように短期居住権を認めるというものではなく、今までの制度のように権利濫用等で対応する方が、ケースに応じ柔軟に対応できると考えます。6か月と形式的に法制度を定めることにより、保護されるべき配偶者には、かえって6か月で退去を命じられることとなってしまいます。

 

 中間試案の短期居住権というものは、保護すべきでない配偶者が保護されて、保護されるべき配偶者が、かえって保護されない制度なのです。

 

 

配偶者の居住権を長期的に保護するための方策について

 

 中間試案においては、配偶者に長期居住権を認めています。この点について、長期居住権を認めることに反対いたしました。

 

 配偶者の長期居住権とは、配偶者が相続開始時に居住していた被相続人所有の建物について、終身または一定期間、配偶者にその使用を認める法定の権利のことをいいます。要するに、夫が亡くなった時に妻が夫所有の建物に住んでいた場合、妻の生涯、ないし一定期間、長期の居住権を認めるというものです。

 

 これは、高齢化社会の進展により、相続開始時点で配偶者が既に高齢になった事案が増えていますが、このような配偶者に住み慣れた居住環境での生活を継続させるために居住権を確保させるという配偶者保護のための制度とされています。しかしながら、この制度は、却って保護すべき配偶者が保護されない制度であると考えます。

 

 まず、この制度は、賃借権に類似した強固な権利を想定しているために、登記が対抗要件とされています。登記がなければ居住権が対抗できないのです。相続後に第三者に譲渡された場合に、配偶者が未登記であれば、出ていかなければいけないのです。そこで、もしも、居住権を認めるのであれば、使用貸借権に類似した制度にすべきだと考えます。


 そして、配偶者と子が良好な関係にあればこのような制度がなくとも、退去を求められることはありません。本件の制度が必要なのは、配偶者と子との関係が悪化しているような場合です。

 

 たとえば、妻と子の関係が悪化している場合、夫が子に不動産の所有権を相続させる旨の遺言を残しつつ、妻を守るために遺言で長期居住権を認めた場合を考えてみます。この場合、中間試案の案ですと、妻がすぐに不動産の長期居住権の登記をしなければ、子が第三者に売却し登記を備えた場合、結局、配偶者は保護されなくなってしまいます。高齢者の配偶者を想定している制度にもかかわらず、登記を要求することは、現実的なのでしょうか。高齢の方は判断能力が弱っている方も多く、そういう方を保護すべきであるのに、この制度は、逆に保護されない制度となってしまっているのです。

 

 この場合も、今までの運用がそうであったように、権利濫用等の制度で柔軟に対応する方が合理的だと思います。強固な権利を認めるが故に、登記が必要などという、却って、保護すべき配偶者を保護できない状態に陥らせる制度というべきです。

 

 


 また、長期居住権を賃借権に類似した制度として、長期居住権の評価額を「建物賃借権の評価額+(建物の賃料相当額×存続期間-中間利息額)」とし、更に、長期居住権の買取請求権まで認めるという案も提出されています。

 

 この案は、保護すべき配偶者が保護されず、紛争を誘発する制度だと考えます。

 

 長期居住権は、第三者が居住することを想定しておらず、第三者への賃貸もできず、第三者が居住している場合は消滅請求もなされうるという権利にすぎません。にもかかわらず、賃借権類似の高額な評価をされれば、配偶者への他の相続財産の取得分が減少してしまいます。 また、買取請求権まで認めるのであれば、その評価を巡り紛争も誘発されることが予想されます。


 仮に、何らかの権利を認めさせるべきというのであれば、使用貸借に類似した制度にして、登記も不要とし、財産的評価もその限りにおいてなされるべきだと考えます。


 なお、案は、被相続人所有の建物に無償で居住していた場合の居住権を認めるものです。建物は子名義で土地が被相続人所有であるという、非常によくある場面につき、居住権が否定されることとなります。子に住まわせるために、夫の土地の上に、子どもに建物を建てさせるという場面の方がむしろ一般的だと思います。子どもの土地の上に夫の建物を建てるという、あまりよくない場面で長期居住権が認められ、夫の土地の上に子どもが建物を建設するというよくある場面で、長期居住権が認められるのです。これは、不平等ではないかと、考えるところです。

 

 

 

配偶者の相続分の見直しについて

 

 中間試案では、配偶者の相続分を引き上げることで、配偶者を保護するという制度となっています。しかし、配偶者を一律保護して、子などを一律保護すべきではないという結論になってしまっています。この制度も、保護すべき配偶者が保護されず、保護すべきではない配偶者が保護されてしまう制度となってしまっています。

 

 

被相続人の財産が婚姻後に一定の割合以上増加した場合に、その割合に応じて配偶者の具体的相続分を増やす案

 

 中間試案において、被相続人の財産が婚姻後に一定の割合以上増加した場合に、その割合に応じて配偶者の具体的相続分を増やすという案が提出されています。

 

 この案は、被相続人の財産が増加した場合に、配偶者の相続分を増やすという案です。

 

 これは、被相続人の財産が増加した場合に、一律に、配偶者の相続分を増やすという案ですが、一律に配偶者の相続分を増やすべきといえるのでしょうか?

 

 被相続人の財産が、夫婦の努力で増加したという場合は、もちろん、配偶者の相続分も増やすべきです。しかしながら、この場合は、寄与分が認められ、現行制度においても配偶者の相続分は増加されます。むしろ、この案が、現在の案と異なるのは、配偶者の寄与がなく被相続人の財産が増加した場合ということができます。この場合にまで、一律、配偶者の相続分を増やす理由はあるのでしょうか。

 

 被相続人の財産が増加した一番典型的な場合は、むしろ、配偶者ではなく、後継ぎの子どもが努力した場合だと考えます。事業を子どもが引き継いで、被相続人の財産が増加したという場合です。この場合も、中間試案においては、子どもの相続分ではなく、一律、配偶者の相続分を増やすという結論になってしまいます。

 

 このような場面を排除し、一律、配偶者の貢献のみを形式的にプラスに評価している点が不合理だと考えます。

 

 

 

婚姻成立後一定期間が経過した場合に、その夫婦の合意により[被相続人となる一方の配偶者の意思表示により他方の]配偶者の法定相続分を引き上げることを認める案

 

 中間試案において、婚姻成立後一定期間が経過した場合に、その夫婦の合意により[被相続人となる一方の配偶者の意思表示により他方の]配偶者の法定相続分を引き上げることを認める案が出されています。たとえば、結婚後20年が経過した場合、夫と妻が法務局等に届出をすることで、妻の法定相続分を引き上げるという制度が想定されています。

 

 この案は、遺言ですら作成率が低い日本で、このような合意による制度が、一般化するか疑問です。遺言が作成されているのは、割合としては非常に低いのが現状です。死を直面して、遺言を残すというのはなかなかハードルが高いのです。死後の兄弟間の争いを防ぐために、遺言を親に書いてもらいたいのになかなか書いてもらえない。そういう相談は本当に多いのです。この案は、その実情を踏まえているのか疑問を覚えます。

 

 一番問題なのは、この制度は、法律関係の安定性から、一度、妻の相続分を増加させる意思表示を夫婦がした場合、撤回できないというものを想定しているのです。遺言は何度でも書き直すことが出来ます。撤回されない制度を誰が利用するのでしょうか。

 

 また、戸籍に載せたりすることは、戸籍制度上不都合があるとされています。そこで、不動産登記のような制度を検討されているとのことです。しかしながら、不動産登記のように、誰でも見ることが出来るという、公示されてしまう制度であれば、なおさら利用することがほとんどない制度になることが予想されます。

 

 当初は夫を介護すると約束し妻の相続分をあげる届出をしたにもかかわらず、妻が何も介護をせず、全て「長男の嫁」が介護をした場合、撤回が出来ない制度ですから、一律、相続分が増加されてしまいます。ここで保護されるべき配偶者は、「長男の嫁」であり、介護をしない妻ではないはずです。

 

 やはり、この制度も、保護すべき配偶者を保護せずに、保護すべきではない配偶者を保護する制度となっているのです。

 

 

 

婚姻成立後一定期間の経過により当然に配偶者の法定相続分が引き上げられるとする案

 中間試案の案として、婚姻成立後一定期間の経過により当然に配偶者の法定相続分が引き上げられるとする案も提出されています。

 

 この案は、「当然に」、配偶者の相続分を増加させる制度です。子のみが介護を行った場合も、貢献していない配偶者のみを保護する制度となります。具体的な状況を踏まえることなく、当然に一律に配偶者の相続分を増加させるということは、非常に問題があると考えます。

 

 

 

 

 

解決策~寄与分の拡充

 

 では、どうすればよいのでしょうか?

 

 それは、寄与分の拡充をすべきと考えます。

 

 配偶者の貢献については、一律に相続分を修正するのではなく、寄与分を見直すべきだと思います。

 

 現行制度は、「特別の」寄与に制限されているため、寄与分がなかなか認められません。通常の寄与は配偶者としては当然であり、特別の寄与をしないと、相続分が増加されないという制度になっています。

 

民法904条の2第1項

共同相続人中に、被相続人の事業に関する労務の提供又は財産上の給付、被相続人の療養看護その他の方法により被相続人の財産の維持又は増加について特別の寄与をした者があるときは、被相続人が相続開始の時において有した財産の価額から共同相続人の協議で定めたその者の寄与分を控除したものを相続財産とみなし、第九百条から第九百二条までの規定により算定した相続分に寄与分を加えた額をもってその者の相続分とする。

 

 これは、特に介護等の療養看護型の寄与において、非常に問題だと考えます。夫のために介護をずっと行ってきた妻が、その行為により相続分が増加するのは非常に少ない割合で運用されていることが少なくありません。

 

 妻が介護を行ってきても、「これは特別の寄与ではない」という一言で、何も評価されないケースも多いのです。家庭裁判所の実務においても、要介護度2以上ではないと寄与分が認められないとされたり、1年未満の介護期間の場合には継続性がないとして寄与分が否定されたりすることも見られるのです。

 

「寄与分が認められるためには、被相続人が『要介護2』以上の状態にあることが一つの目安になる」(311頁)

「継続性 療養看護が相当期間に及んでいること。期間に明確な定めはなく、一切の事情を考慮の上で個別に判断されるが、実務的には1年以上を必要としている場合が多い。」(306頁)

参考:家庭裁判所における遺産分割・遺留分の実務 片岡武 菅野眞一編著 日本加除出版株式会社

 

 このような実務が問題という考えも当然あるかもしれませんが、やはり、法令上「特別」の寄与とされていることは大きいと思います。社会の考え方の問題なのかもしれませんが、相続分の公平な分担という意味では、介護に尽力した相続人は、相続分として一定の評価をされるべきであり、現状以上に評価されることが、社会の要請である、特に高齢化社会の中では急務ではないでしょうか。相続分の一律の修正ではなく、寄与分を見直すことにより、より実質的に公平を図ることが出きるものと考えるのです。

 

 中間試案では、多くの問題について検討されており、法制審議会の委員の皆様のご尽力には本当に頭が下がります。ただ、是非、新たな制度を設けることで、保護すべき配偶者が保護されず、保護すべきではない配偶者を保護するようなことが無いようにしてほしいと思います。そして、新たな制度を無理に設けるよりは、寄与分の「特別」という民法の文言を削除するという、条文の修正としては小さな修正かもしれませんが、非常に現実的な、公平を図り、そして、保護すべき配偶者を確実に保護できる制度があることをご理解いただければと存じます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

文責 相続研究会 担当 弁護士中根浩二 (協力 弁護士加藤幸英)

この記事は、弁護士会の見解として公式に出しているものではありません。記事の責任は、全て相続研究会の文責担当者にありますことをご容赦ください。

なお、日本弁護士連合会による意見書も提出されております。この記事の見解とは必ずしも一致しているものではありません。

日本弁護士連合会による意見書