預金は遺産に含まれることに。最高裁が遺産分割の判例変更(平成28年12月19日)

 

 過去の判例実務においては、預貯金は相続財産に含まれておりませんでした。

 

 しかしながら、平成28年12月22日、最高裁は大法廷を開き、預貯金が相続財産に含まれるという判例変更を行いました。

 

 これは、銀行預金や郵便局の貯金が現金と同様に取り扱われている現状において、遺産の処理の中では、現金は相続財産ですが、預貯金は可分債権であり法定相続分で当然に分割されるという扱いは公平ではないということで、判例が変更されたというものです。

 

 

平成27年(許)第11号 遺産分割審判に対する抗告棄却決定に対する許可抗告事件 

最高裁判所判決全文

 

 

 

 

影響がある具体例

 最高裁判所の判例が影響を受ける具体例としては、上の図のような場面が考えられます。

 Aが亡くなり、相続人は、Aの子であるCDの二人であり、Aの財産は①2000万円の土地・建物②2000万円の現金または預金のみであるケースについて考えてみます。例としては、これをあげましたが、実はほとんどすべての相続案件に影響があるといっても過言ではありません。

 

 それでは、このケースに従って具体的に検討していきます。

 

 

土地建物の価格に争いがある場合

 Cが長男で、土地建物を引き継ぎ、Dが現金ないし預金を引き継ぐという話になった場合でも、土地建物の価格に争いがある場合は考えられます。不動産の価格は、固定資産税評価額、相続税評価額、時価といった算定方法があり、いずれも、確定しているものではありません。たとえば、評価額が2000万円で、時価が3000万円と開きがあるような場合もあり、時価だけでも紛争になることはよく見られます。

 

 この場合、土地建物の価格が2000万円でこれをCが、また、現金または預金の2000万円をDがそれぞれ取得するという調停ないし裁判外の遺産分割協議が整うのであれば問題ありません。

 問題は、調停が成立せず審判になった場合です。

 

 審判の場合、現金であれば遺産に含まれるのですが、預金については従前の判例では遺産に含まれません。そこで、預金については、当事者全員が遺産に含まれると合意しない場合、審判の対象とはなりませんでした。審判を求めても、当事者全員の合意が得られない場合、別途、違う裁判所に一から訴訟提起をしないといけなかったのです。裁判官が土地建物の価格を3000万円と判断したとして、これをCが取得するとなったとしても、1500万円の代償金が払える可能性がない場合は、単に土地建物が2分の1ずつの共有であるという審判が出るということになってしまいます。その後は、土地建物の共有物分割訴訟を、今までの家庭裁判所とは違う、地方裁判所に一から訴訟提起をしなければいけなかったのです。

 

 また、預金2000万円分は当然に法定相続分に分割されることになりますが、遺産分割協議が整っておらず、審判の対象でもありません。理論的には預金は可分債権であり、法定相続分により当然に分割され、個別の相続人が単独で請求できるというものです。しかしながら、単独で相続人の求めに応じて預金を下ろしてしまうと、銀行が他の相続人からクレームをうけたり、銀行が裁判に巻き込まれてしまう恐れがあります。そこで、銀行は、法定相続分の1000万円を下ろしてくれることに承諾しないことが多いのです。この場合、銀行に対し、また、改めて、訴訟を提起しないといけないということにもなりえるのです。

 

 多くの場合は、この結論は長期化するだけで迂遠ですので、預金を遺産とすることに合意をしたうえで、預金を含んで全体を家庭裁判所が審判をするのですが、「なんでCと合意しないといけないんだ!」と、感情的になっているため、この合意が得られない場合があります。この場合、旧判例ですと、延々と裁判が続くということになりました。

 

 これが、今回の最高裁判決においては、判例が変更され、預金が遺産の対象となりました。そこで、当事者全員の承諾がなくとも、遺産の範囲に含まれるものとして、家庭裁判所で審判を行うことが出来るようになりました。

 

  今回の最高裁判所の判例変更により、当事者全員の合意がなくとも、一度で家庭裁判所で解決ができることになり、遺産分割の話し合いが早期に解決することが期待されます。

 

 

 

 

 

預金なら何でもよい?(判決の射程範囲)

 

 

 今回の判決は、預金なら何でも遺産の範囲に含まれるとされているものではありません。どこまで遺産の範囲に含まれるのかについては、補足意見の中で各裁判官がいろいろおっしゃっていて、最高裁判所の裁判官の中でもわかれています。

 

 まず、判決の本文中の理由において、今回判断されたのは、次の3つであり、最高裁判所の判決の射程範囲も、これに限られることになります。

 

① 普通預金

② 通常貯金

③ 定期貯金

 

 貯金というのは、郵便局のものであり、預金というのは銀行に対するものです。今回の裁判の対象になっていたのが、この3つのみですので、これ以外は、厳密には今回の最高裁の裁判の射程ではないということになります。

 

 そこで、定期預金については、判断から外れているので、今後の運用はどうなるかということが一応問題になります。ただ、この点は、定期貯金が遺産に含まれるという理由のなかで、「銀行等民間金融機関で取り扱われている定期預金と同様に、多数の預金者を対象とした大量の事務処理を迅速かつ画一的に処理する必要上」と、定期預金も当然の前提として引き合いにだしつつ、「契約上その分割払い戻しが制限されている」という理由や「定期貯金債権が相続により分割されると解すると、それに応じた利子を含めた債権額の計算が必要になる事態」についても、定期預金において同じ事情になります。そこで、定期貯金と同様に、定期預金も遺産の範囲に含まれるということになると考えられます。

 

 

 

他の貯金・預金については?

 

 

 では、更に他の預金・貯金についてはどうでしょうか?

 

 厳密にはいろいろな金融商品が販売されており、次の範囲以外のものもあるのだと思いますが、次の例は、裁判実務の中で、差し押さえをするときの際に用いられる一覧のうち、今回最高裁で判断されたものを除いたものです。

 

<預金>

① 定期積金

② 通知預金

③ 貯蓄預金

④ 納税準備預金

⑤ 別段預金

⑥ 当座預金

 

<ゆうちょ銀行>

① 定額貯金

② 通常貯蓄貯金

③ 振替貯金

 

<独立行政法人郵便貯金、簡易生命保険管理機構>

① 定期郵便貯金

② 定額郵便貯金

③ 積立郵便貯金

④ 教育積立郵便貯金

⑤ 住宅積立貯金

⑥ 通常郵便貯金

 

 最高裁判所の判決理由で、普通預金・普通貯金は現金と実質同じということを理由としています。また、定期貯金については、「郵便貯金法において、一定の預入期間を定め、その期間内には払い戻しをしない条件で一定の金額を一時に預入するものと定め、原則として預入期間が経過した後でなければ貯金を払い戻すことができず、例外的に預入期間内に貯金を払い戻すことが出来る場合には一部払い戻しの取扱いをしないものと定めている」という、法令上分割払い戻しを制限されていることを理由としています。

 

 それぞれの預金・貯金の法令上ないし約款等を子細に検討する必要はありますが、いずれも、普通貯金・預金のように現金と実質同じか、定期貯金のように分割払い戻しが制限されているということであれば、遺産に含まれるということになると考えられます。

 

  ただし、通知預金のような法人名義の口座については、法人そのものが相続をおこしているのではなく、法人の株式を相続するのみとなります。口座は法人の従業員が今まで通り引き出すことができます。もちろん亡くなった方一人のみが株主であり、役員、従業員であるという一人だけの会社という状況であれば、遺産分割協議が整うまで、株主は共有となり、役員も従業員も決まらないので、個人の預金が遺産の範囲に含まれるとされた場合と類似の関係にたつことになります。

 

 

 

 

 

 

債権一般に広げられるものですか?

 

 そもそも債権の性質上分けられないものであれば別ですが、性質上、多くの債権は、分割すること自体は可能です。これを可分債権というのですが、今回の最高裁判決は、預金のみならず、可分債権一般に広げて、可分債権を遺産に含まれるというものなのでしょうか?

 

  これは、最高裁の裁判官の中でも分かれているのです。また、現在、審議中の法制審議会民法改正(相続関係)部会の中間試案のなかでも、考え方が分かれています。ただ、今回の最高裁判決の射程範囲という意味では、預金は遺産に含まれると判断したもののみで、その他の可分債権はどうなるかは判断されていません。そこで、その他の可分債権については、判例は変更されておらず、引き続き、遺産の対象ではないということになります。

 

旧判例の考え方

預金も含む可分債権の全てが遺産ではない

 

新判例の考え方

預金は遺産に含まれる

→①他の可分債権は遺産に含まれない

    ②他の可分債権は遺産に含まれる

 

   それでは、どう考えるべきでしょうか?

 

 今回の最高裁判所の多数意見は預金債権に限って遺産に含まれるという考えです。これに対し、大橋正春裁判官は、少数意見として、可分債権を含む相続開始時の全遺産を基礎として相続分を算定し、過不足は代償金で調整するという立場をとっています。この意見について検証してまいりたいと思います。

 

 

 

大橋正春裁判官の少数意見について~預金以外も含む全ての可分債権が遺産の基礎

 

 大橋裁判官の少数意見は、分割時考慮説とされているものです。これは、「可分債権を含めた相続開始時の全遺産を基礎として各自の具体的相続分を算定し、これから当然に分割されて各自が取得した可分債権の額を控除した額に応じてその余の遺産を分割し、過不足は代償金で調整する」という見解です。すなわち、可分債権を含む全遺産を基礎として相続分を算定し、これから当然分割された可分債権の額を控除した額に応じて遺産分割し、過不足は代償金で調整するというものです。

 

 前述の例(二人の子どもが相続人で、不動産2000万円、預金or現金2000万円)で考えてみます。計算式は、

 

  全遺産(可分債権を含む)を基礎とする相続分-可分債権のうち当然分割分+代償金

 

となります。そこで計算すると、次のとおりとなります。この1000万円を遺産分割金として受領し、可分債権のうち当然分割分の1000万円は債権者に個別に請求し、特に過不足がないので代償金は0円ということになります。

  4000万円÷2-2000万円÷2+0円=1000万円

 

 現金の場合と預金の場合とで結論が変わらないという点では、今回の最高裁判所の多数意見と同じです。しかしながら、可分債権については、預金も含み個別に債権者に請求できるという点は多数意見と異なります。また、多数意見と異なり、預金になっていない可分債権についても調整を図ることが出来ます。たとえば、遺産分割時に預金がある場合は、多数説は調整が図れるのですが、相続人の一人が無断で預金を引き出してしまった場合は、損害賠償請求権ないし不当利得返還請求権となり、調整が図れません。大橋裁判官の少数意見の場合は、この無断の引き出しによる損害賠償請求権や不当利得返還請求権についても、可分債権として総遺産の中に含まれます。

 

 この差は、実務上は、非常に大きく、大橋裁判官の見解も十分検討すべき重い見解だと考えます。無断引出しの場合、損害賠償請求権ないし不当利得返還請求権となり、調整が図れないというのは、非常に大きな負担が生じるからです。

 

 遺産分割については、家庭裁判所の審判で判断されることになります。しかしながら、この無断引出による損害賠償請求権ないし不当利得返還請求権は、地方裁判所の管轄になります。無断引出の案件は、相続開始後だけでなく、相続開始前の着服の疑いなど、相続案件のほとんどすべてで問題となりうることです。これが、現状においては、新判決後の実務においても、家庭裁判所の調停でまとまらない場合は、「地方裁判所にあらためて訴訟提起してください」といわれてしまうことになり、この不当利得の問題は、遺産分割の中で解決できない、非常に長期化してしまう問題となってしまっているのです。これが、大橋裁判官の見解によれば、全てが遺産分割手続きの中で解決できることになり、公平を図ることが出来るというものなのです。

 

 しかしながら、この大橋裁判官の見解には実務上大きな問題があるといわざるを得ません。それは、ほとんどの遺産分割案件が、極めて長期化してしまうということです。大橋裁判官において「家事審判事件が増加し、家庭裁判所の負担が増加する」という懸念について自ら検証されていますが、この長期化については、検証されていません。大橋裁判官の見解によれば、ほとんど全ての遺産分割事件は、更に長期化し、かえって、家庭裁判所の手続きによらず、イリーガルな結論も甘受ずるという動きになってしまわないか、という懸念があるのです。

 

 先ほどの無断引出や着服等の不当利得の問題については、家庭裁判所の調停でまとまらない場合は、「地方裁判所にあらためて訴訟提起してください」といわれてしまうことは、実は、矛盾しているようですが、実務上いいバランスの中にあるということもできるのです。この不当利得の問題については、相続開始後(亡くなった後)の預金の引き出しについては、期間も短く、通帳を誰が管理しているかは明確であり、引き出した額も通帳を見ればよいので、実はあまり問題になりません。引き出した額を遺産に含めるという合意がほとんど成立するからです。問題は、相続開始前の着服の問題です。これは、いいがかりといえるものから、本当にその疑いがあるものまで相続問題のほとんどで出てくるものであり、これが今の遺産分割事件の長期化の根源といっても過言ではありません。これについて、はっきりと立証できるものについては、地方裁判所の訴訟になったとしても結論が見えているので、結局、家庭裁判所の中で合意により遺産の中に含めることで解決が出来ます。しかしながら、はっきりと立証できないものについては、今の実務の中では、地方裁判所までいって改めて訴訟提起をするほどの証明が出来ないので、この調停の中で解決しようという動機づけになっています。これが、大橋裁判官の少数意見のように、正面から遺産分割の対象としてしまうと、延々と議論・検証が続き、調停・審判事件の、更なる長期化をもたらすということになってしまうのです。 

 

 

 

 

交通事故による損害賠償請求権を含めるか

 更に、預金は含めるとして、その他の可分債権は含めないとしても、交通事故等の不法行為に基づく損害賠償請求権は含めるべきなのかについては、問題となります。

 

 法制審議会の民法改正中間試案においても、預金については遺産分割の対象とするとしつつ、「不法行為に基づく損害賠償請求権についても遺産分割の対象に含めるか否かについては、なお検討する。」と検討事項の中に明記されています。(第2 2(1)(2)の注1)

 

 この点は、各団体の意見についても、特に意見はないようですが、安易に含めると、遺産分割事件の長期化をもたらすと思われます。

 

 交通事故等の不法行為の損害賠償請求事件自体も、数年を要する長期の訴訟になることも多く、そうでないとしても、この不法行為の損害賠償請求事件の賠償額が確定するのは示談が成立する際であり、遺産分割協議をそこまで待つ必要が出てきます。

 

 遺産分割協議と損害賠償請求事件は分けて検討することが、ただでさえ長期化する可能性の大きい遺産分割事件を、少しでも早期に解決するためには必要と考えます。

 

 

 

まとめ

 今回の最高裁判所の判決は、預金を遺産分割の対象とするか否かという実務上大きな問題を解決する画期的なもので、遺産に含めることで公平かつ妥当な結論を導くことが出来ます。非常に重要な判決だといえます。しかしながら、これを安易に他の可分債権まで広げるのは、より慎重な検討が必要だと考えます。

 

 

 

 

 

文責 相続研究会 担当弁護士中根浩二(この内容は弁護士会や相続研究会の統一見解ではありません。担当執筆者の個人的見解ですので、ご容赦ください)